岡本太郎さんが一所懸命 自分の思いを伝えようとしているのに、 「まるで禅問答ですね」と応えて 終わりにしていました。
それは、禅問答に対する無理解でもあるし、 岡本太郎への無理解でもありました。 ふたつの無理解が、 あたかも「わかったかのような声」として 岡本太郎にぶつけられていました。 あの視線や鑑賞力と 岡本太郎は戦ってきたわけです。
つまり、そこまで「わかられてない」と いうことの中に、 岡本太郎の表現があったのです。