学者やえらい芸術家など
「位置」がある人たちのいるところには
そのグループの
「山」が築かれています。
マルセル・モースもいれば、
ピカソもいる。
それはそれで、ぜんぶ「山」です。
その山の上で
お互いに理解しあう人たちが会う。
そのすばらしさは確かにあります。
だけど、山で言っていることを
町に降りて来て言うと、
人に「はあ?」と言われるわけですよ。
平野 ああ、そうかもしれませんね。
糸井 うん。だけど、もともと山の上でしていた
高尚で高度な話は
どうしてはじまったのでしょうか?
それは、太郎さんの「発見」した縄文の土器や
(岡本太郎さんは1951年頃、
東京国立博物館で縄文土器に出会いました。
太郎さんはその美しさを再評価し、
日本美術史を書き換えたとも言われています)
アルタミラの洞窟の絵などです。
それらは「はあ?」と言われないものでした。
そこから、もっといいものをつくろうとして
人は山にのぼっていって
誰にも邪魔されないように、
芸術として、学問として、磨いた。
その山の上で「どっちの人がすごいか」について
みんな、興味がないわけじゃない。
だけど、そこでやっていることが
はたして町で伝わるのか?
それはやっぱり、やってみたくなることでしょう。
平野 いわば、実験ですね。
糸井 それは、やんなきゃダメですよね。